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支えられることと支えること


2013年06月09日(日曜日:曇)




支えられることと支えること

 もう三十年近く前に近所付き合いで、子ども達が大変お世話になったM子さんが、乳癌と戦っている、と聞き家内がお見舞いに出かけました。手術、そして辛い化学療法、放射線治療にも耐えての戦いです。同じ歳の家内には他人事ではありません。あいにく私は所要により行くことができないため、励ましのメールを送ることにしました。

 いざ書く段になり、はたと困りました。さて、何と書いて励ますべきなのか。彼女のことですから、愛するご主人と息子さん、そして多くの友人から山のような励ましと応援の言葉を受け取っているに違いありません。私が何を書いても、屋上屋を架す、ことにしかなりません。散々迷った挙句、思い切って病気のことも励ましの言葉も書かないことにしました。こんなふうに書き送ったのです。

 「ご無沙汰しています。今年、還暦を迎えました。もう、お爺さんです。息子を兼六園に連れて行ってくれた、あの頃の貴方の笑顔が私の網膜には、そのまま焼き付いていますよ。明日は府中にある味の素スタジアムでのチャリティーラン、ハーフマラソンの部に出場します。還暦の間にフルマラソンを完走する計画の一環です。九時半スタートで、制限時間は二時間半です。途中ものすごく苦しいのですが、ゴールで、貴方が笑顔で迎えてくれると信じて頑張ります。私の挑戦は道半ば。まだまだ続きます。応援してくださいね。また会える日を楽しみにしています。」

 分子生物学者 村上和雄先生の『生命(いのち)の暗号 あなたの遺伝子が目覚めるとき』には、こう書かれています。人間には遺伝子としての DNA があり、それは三十億対の塩基対からなる。特定のタンパク質などを作り出すための特定の情報単位としての遺伝子が、二万から三万存在する。その中で実際に活動している遺伝子は五%程度しかなく、あとは休眠状態。いわば、オフの状態になっている。精神的なショックから一晩で白髪になってしまう、などという現象は、精神的な作用で遺伝子がオンになったことによる。逆に心のあり方で、今まで眠っていた素晴らしい遺伝子を、オンにすることも出来るに違いない。環境因子だけでは遺伝子のオン/オフは、説明できない。

 多くの人々に支えられているに違いない彼女に対して、はたして何か自分にできることがあるのだろうか。たとえ些細なことでも、それを実現する上で自分の支えが必要なのだ、と彼女が心の中で感じてくれたら、癌と戦う上で味方となる新たな遺伝子が、ひょっとしてオンになってくれるのではないか。心の底から、私はそう願ってメールを送ったのです。