一身独立一国独立(1997年5月掲載)

 あるバカンス村でトヨタ自動車に勤める方とテニスをする機会がありました。会社のある愛知県豊田市の様子を聞くと、その福利厚生の素晴らしさにため息がでるばかり。やはり日本では会社に勤めるなら大企業、と再認識しました。

 昨年後半からの金融危機で2009年初頭の時点では、若干状況は変わってはいるかもしれませんが、派遣労働者から見れば正社員は雲の上の存在でしょう。

 寄らば大樹の陰、は永遠に真実なのです。子どもを公務員にしたがる気持ちはよく分かります。

 しかし、無数の公益法人に天下る公務員の退職金を賄うために納税しているかと思うと、いささか腹立たしいことも確かです。渡辺喜美元行政改革担当相には、ぜひ頑張ってもらいたいものです。

(2009年1月)

ホームページ掲載時コメント

 先日マレーシアに出かけて来ました。家族でクラブ・メッドのバカンス村に出かけたのです。行かれた方はご存知でしょうが、完全に一村がそのままバカンス村になっています。今までにタイのプケとマレーシアのチェラチンに行きました。一日海に入ったり、プールサイドで甲羅干ししたりと、あくせくの生活を離れてのんびりできるところが最高です。食事も3食ともバイキング方式の大変美味しい食事がでますので、何も心配すること無く、一日を送れます。

 さて今回の滞在では、テニスのシングルスをする機会がありました。シングルスをするなんて、30度を越えるかの地では、まさに気違い沙汰なんですが、疲れました。相手はトヨタ自動車に勤めるYさん。しょっちゅうしているようで、完全に私の体力負け。それでもとても楽しかったし、普段夜走っていたおかげでしょうか、不思議なくらい粘ることが出来ました。炎天下の1時間は本当にデスマッチでした。

 そんなYさんと話していると、トヨタ自動車の城下町豊田市の恵まれた経済状態を容易に想像することが出来ました。日本ではやはり勤めるなら大企業、と本当に思わざるを得ませんでした。しかしこれには光と影の部分があると思います。こうした大企業断然有理社会では、どうしても人はリスクを冒そうとしません。文句も言わずに勤め挙げれば、それなりの待遇と経済的保証が得られるからです。このリスクを負わないという生きかたは、右肩上がりの成長を続けている時代には良かったでしょう。しかし、大競争時代といわれる昨今の状況で我々に求められているのは、まさにリスクを覚悟で新しいものに挑戦する気概なのです。日本では一度失敗すると立ち直るのは至難の技。世間の目も厳しい。中国の先日死去した最高実力者のように、七転び八起きとは、まずいきません。

 一方アメリカのハイテク企業の経営者などをみていると、七転び八起きなどは当たり前。失敗したらまたやり直せば良い、と実に明るいというか、ちょっと日本の常識からすると、無責任とすら思えます。しかしこうした人々が、今アメリカを引っ張っているのです。dog's year と言われ、犬が人間の七年間を一年で駆け抜けるように、秒進分歩の世界では、成功を約束された場所などどこにも無いのです。世界一の大富豪マイクロソフトのビル・ゲイツ会長ですら、いつ自分達が負い落されるやも知れないと、本当に心配しているはずです。日本では小企業が大企業に勝つことは、舞の海が曙に勝つよりずっと難しい。おそらくこれはこれからの時代、日本に取っては決してこの点は長所になりません。何とか変革しなければなりません。

 しかし、言うは易く行うは難し、でして、私は日本人自身の手でこうした変革を達成することは無理だと考えています。黒舟が来なければいけません。アジアの優秀な若者にその役割を担ってもらえば良いのです。彼らのそうした個性を活かせる場を日本が提供すれば良いのです。巨大なマーケットが日本にはあるのです。日本以外の全アジアを合わせたよりも大きな経済がここにはあるのです。彼らに力を発揮してもらって、しかも雇用を確保してもらえばそれで一挙両得なのです。もうそうした時代ではないでしょうか?題名の「一身独立一国独立」は、もちろん福沢諭吉先生の言葉から引用しました。おそらく彼が江戸末期から明治初頭に危惧したことがらは、今だに解決されていないのでしょう。まだまだ諭吉先生には我々を叱咤激励してもらわなければなりません。オサツの顔を眺めているだけでは、駄目なのです。

 そんなことを考えながら書きました。

 先日所要でマレーシアに行ってきました。滞在先で知り合ったトヨタ自動車に勤めるYさんと話す機会がありました。お互いテニスが好きで楽しい一時を過ごしたのですが、Yさんによると、豊田市には市営のテニスコートが沢山あり、使用料も2時間で600円と格安、いつでも利用できるとのこと。実に羨ましい環境のようです。ちなみに沼津市でこれに相当するコートは、厚生年金休暇センターのコートということになりますが、こちらは2時間で4、000円。豊田市民は沼津市民より約7倍幸せだ、とも言えなくはありません。その福利厚生施設の素晴らしさを聞くたびに、日本ではやはり勤めるなら大企業に、と思わざるを得ませんでした。

 さて、帰りに立ち寄ったクアラ・ルンプールの空港で買った、香港で発行しているリーダーズ・ダイジェストのアジア版に、以下の記事を見つけました。題して、「Asia's Cool Companies」。「いま元気印のアジアのハイテク企業」とでも訳すのでしょうか、6つのベンチャー・ハイテク企業を紹介しています。国籍は台湾、シンガポール、香港がそれぞれ2社ずつ。創業者の平均年齢は42.8歳、創業して平均9.2年、従業員数は平均341.3人、売り上げは平均2,600万米ドル。一社を除いて創業者は男性で、二人はアメリカで学位を取り修行の後、国に帰って会社を起こすという、多分ハイテク・ベンチャー企業創業者の典型的なコースを辿っています。

 日本企業は大変重厚で、すその企業も幅広く、製品作りに関しては超一流。ただし、意思決定に時間がかかり、小回りが利かない、というのが平均像と言われます。一方台湾の友人によると、中国人は自分に力が付くとすぐ独立したがる、とのことで、こうしたベンチャー企業などはその典型なのでしょう。国民性の違い、企業文化の違いなど、さまざまな点がこうした違いを生み出しています。

 勃興するアジア諸国を取り込むことが、これからの日本に大変重要であることは論を待ちません。アメリカで学位を取り実社会で修行し、その後会社を起こすというコースから生まれる、こうした華人とアメリカとのネットワークに日本が取り残されることだけは、何としても避けなければなりません。そのためには、日本の大学がアメリカの大学以上の魅力を持ち、優秀なアジアの若者が競って日本に留学し、そして日本で企業を起こせるような、そんなシステムを作る必要があります。それは同時に、日本社会の持つある種の弱点をも補強し、雇用を確保すると同時に、日本に今まで無かった種類の活力と、新しい文化を創造する可能性すら持っています。しかし、時間は余り残っていないようです。



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